極度の緊張状態が解け、また薬の影響が戻って来た。
人間は危機に直面すると、眠っていた力が覚醒する。
事故の瞬間がスローモーションのように見えたというのも、その一例だろう。
プロ野球選手などが高速で飛んでくるボールの縫い目まではっきり見えるというのは、その力を意図的に引き出せる才能があるからだろうが、一般人は危機に直面しないとそう簡単には覚醒しない。

過去にバイクの事故で何度か吹っ飛んだ事があるが、そのどれもが今でも鮮明に記憶に残っている。
100m先の車に2秒後に衝突すると頭が理解しているのだが、その時点ではもう物理的にどうしようもない。
その時に頭が考える事は、「死ぬかもしれない」「どうやったら、被害が最小限に収まるか」だが、そんな問に答えを出せる程の余裕があるはずもなく、その後あえなく衝突するのだ。
しかし、その時の極限まで高まった集中力は、何かいい方向へ作用したのだろう。
衝突後に俺は無傷で立ち上がり、車の運転手に歩いて向かって行く事が出来た。

誤解の無いように補足しておくが、相当なスピードで直進中の俺は、その進路を塞ぐように横からバックして来た車の側面に直角に衝突し、そのまま俺は5m程で地面に叩き付けられ、そのまましばらく地面を転がった。
起き上がった俺は、10m程離れていただろうか、慌てて降りて来た運転手が俺を見るなり罵ってくる。

スピードを出し過ぎていた俺の過失はもちろんあるが、一般国道で路肩からバックして来た挙げ句にそのまま道路を塞いで停止した運転手の過失は逃れようの無いものだろう。

ちなみにこのときの過失割合は1:9でほぼ向こうの過失となったが、ずる賢いオヤジの口車に乗せられて示談としてしまった為、俺は十分には保証してもらえなかった。
今でも悔いが残る事故だ。