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2010年11月

話をアイリーン(仮)に戻そう。

じっと目をつむって快感を増幅させているかのように見えるアイリーン(仮)は、俺の手がアイリーン(仮)の体に触れる度に小さな体を大きく震わせている。
じらしながらも、その方向性は定まっている。

じらしきった後に、俺はその手を素早く動かした。
すっかり性感帯が開ききっていたアイリーン(仮)は、その動きにも敏感に反応し、さらに大きく体を震わせた。
しかし、これぐらいでは俺の責めは終わらない。
30分はゆうに過ぎているだろうか、その間、アイリーン(仮)は俺の体にほとんど触れていない。
なぜなら、俺がそれを遮っているからだ。

触られて興奮が高まってくると、相手の体温を感じたくなるのは自然な流れだが、それを遮り、いわゆる「何もさせてもらえない」状況を作り出す事で、Mっ気のある女性はより興奮を高める。
SでもMでも対応可能な俺は、この時はSっ気を出して楽しんでいた。

やがて、アイリーン(仮)は苦しそうに声を出した。


「プ、プリーズ…」


そのあとは何を言ったか分からないが、もう限界であることは悟る事が出来た。
俺はそこで初めてアイリーン(仮)の手を遮る事を止め、自由を与えた。
すると、ダムが決壊したかのような勢いで俺の体に触れ、俺の体温をその肌で感じようと体を寄せてきた。
もうこうなると止める事は難しいだろう。
あとはアイリーン(仮)がしたいようにさせてあげることにした。

サボテンになりきってる女性を責めるという、なんとも不思議な体験は、俺自身の妄想をもかき立てる。
というのも、俺もやはり普通の人間ではないからだ。

もちろん、サボテンを責める姿を思い浮かべてテンションを上げられるレベルには達していない。
そこまでの変態ではないからだ。

そこで、サボテンになりきってる女性を責める自分というものを想像し、そこで妄想を広げる事にした。
つまり、俺が責めるポイントが、彼女にとってどのような妄想をさせるのか、またそれが肉体的にどのように変化として現れて来るのかを試しながらの愛撫である。

妄想に浸っている女性というのは、五感全てを研ぎ澄ませて快感を得ようとする。
その為、どこに触れても敏感な反応が得られるので、単純に楽しむことが出来る。
もちろん、本人がどのような妄想をしているのかは全く知らないが、それがサボテンであったとしても、見方を変えれば楽しいと思える。


俺は20代半ばから、とある言葉を合言葉にしてきた。
それは、

「セックスはスポーツだ」

という言葉。

というのも、セックスは体力を使う。
そして、楽しむものであり、また、研鑽を重ねてその技術を高めていく必要があるものだからだ。

この回から読み始めた人には、「こいつはキチガイ」と思われる文章だろうが、哲学を持って物事に当たらずば、何事も大成しないはずである。

女性の方には、一度静かに目を閉じて考えて頂きたい事がある。
今までの経験の中で、どちらが良いセックスだったか。
 1:起承転結の無い、単なる性処理のセックス
 2:女性を喜ばせる事を前提とした男性の頑張りが感じられるセックス


書き方が極端かもしれないが、極端な分け方をするとしたら、分類できなくもないはずだ。
スポーツとして楽しんだ方は多くはないだろうが、物事の捉え方次第では、世の中はバラ色になる。

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