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2011年01月

アユタヤまでの道のりは2時間程度と聞いていた。
アナウンスがあるがそれが何を言っているのかが分からないので、ひたすら時計を見ていた。

「2時間過ぎた頃に停まった駅で降りればいいんだ」

今考えてみれば、非常に危険な行動である。
日本の感覚であれば、2時間と言われればほぼその通りに到着するだろう。
しかし、ここはタイだ。
タイの鉄道はとてもいい加減で、出発時間もそもそも守られてなかったぐらいだった。
そんなお国柄の鉄道は、時間にルーズなものである。
2時間経っても、それらしきアナウンスは聞こえないし、それらしき駅にも停まらない。
不安になってそわそわし始めた俺は、まわりに英語で話しかけられそうな人がいないかとキョロキョロし始めた。

しかし、周りはみなタイ人だった。

浅黒いタイ人に混じって一人キョロキョロしていると、非常に怪しいものである。
みんなが俺をじろじろ見ているような気になって来た。

そこで偶然車掌が通りかかったので、切符を見せて「ここどこ?」と尋ねてみた。
すると、「まだだから座ってろ」と言わんばかりにいなされ、またおとなしく座り直すしか選択肢は与えられなかった。
その後30分が経過した頃に、また車掌が通ったので聞いてみた。
しかし、結果は同じ。

「本当に着くんだろうか?実はもう通り過ぎてるんじゃないだろうか?」

などと不安いっぱいになりながら、黙って待つ事にした。
しかし、そこから1時間がさらに過ぎようとしていた。

いい加減、「おかしい」と思った俺は、近くの人にも聞いてみる事にした。
するとずっと俺を見ていたおばさんが、

「私もアユタヤで降りるから、座ってなさい。着いたら教えてあげるよ。」

と声をかけてくれた。
そう、まだ着いてなかったのだ。
2時間程度と言った旅行社のおじさんが嘘つきなのか、それとも列車が遅れているだけなのか。
なんだかんだと、俺は4時間ぐらいは列車の中で座り続けた。

しかし、どこから入っていいのか分からない。
鉄道は向こうの方に見えているのだが、改札が無い。
日本の常識からすると、改札があって、そこで切符を機械に通す事でホームへと入る事が出来る。
無人駅でも、一応改札があるので、改札が無いと言う事が頭で理解出来なかったのだ。

切符は行き先と金額が書かれただけの紙切れで、ローテクの極みだ。
困り果てて、駅員っぽい奴に切符を見せて、どこに行けばいいのかを聞いてみると、馬鹿にしたような表情で黙って列車の方を指差す。
列車の方に向かえばいいのは分かるが、改札が無い事には全く触れようとしない。

しかし、駅員っぽい奴が言いというのだからと、堂々と鉄道に近づき、乗り込む事にした。
誰かに止められたら、あいつを指差して、「あいつが言ったんだ」と言うつもりだった。

が、拍子抜けするほどに、あっさりと乗り込む事が出来た。
冷静になって考えてみると、まず改札は存在しない、それでいいのだ。
システムとして改札が無く、切符を見せろと言われたら見せるという仕組みだった。
日本に住んでいると、日本の常識で物事を考えてしまいがちだが、日本の常識は世界の非常識でもある。
日本では常識的に行われる行為は、海外ではやってはいけない事だったりする。
ここで、その事に気づき始めた。

「郷に入りては、郷に従え」

これが今後の俺の教訓となった。

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