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2011年02月

他の車とすれ違う事のない山道で車を止められ、俺のATフィールドは全開だった。
そして運転手は、しばしの沈黙の後にこう切り出した。

「おしっこしたくなったから、ちょっとここでしてくる」

さっきまで怒っていた奴の言動にしては、矛盾点がありすぎる上に、あまりにも唐突なその発言に、俺のATフィールドが一瞬緩んだ。
しかし、俺のそんな気持ちの変化は紙切れが舞うかのように無視され、奴はいそいそと道路脇の野原に駆け出した。

ここでも俺の脳は即座に最悪のシナリオを想定したシミュレーションを実施し、すぐに非常事態宣言を発令した。
最悪のシナリオでは、運転手が事前にここに仲間を呼び寄せ、名参謀顔負けの見事な伏兵を配置していたという状況のあと、俺はなす術も無く伏兵達に教われて、身包みをはがされるというストーリーが描かれた。我ながら危機管理能力の高い脳だと感心する。

しかし、それは幸いにも杞憂に終わった。

運転手はいそいそと車に戻り、当然のようにパトンビーチまでの道のりを再び走り始めた。
もちろん、奴は手を洗っていない。
イチモツに触れ、飛沫を返り血のように浴びたかもしれないという可能性はとても高い。
この時点で、俺は奴と握手してはいけないと判断した。

再び走り出したもの、俺はATフィールドを展開し続け、奴の動向をうかがっていた。
が、ほどなくしてパトンビーチへとたどり着いた。

降りる瞬間まで帰りの迎えの話をし続けていたが、俺も根気よく無視し続けた。
片道分の支払いを済ませると、案の定奴は笑顔で俺に握手を求めて来た。
俺は、とっさにこう答えた。

「俺と握手したら、お前の力を吸い取るぞ。」

意味不明だが、奴は慌てて差し出した手を引っ込めた。

リムジンに乗ってご機嫌な俺は、片道1時間程かかるという車中で、街の外を眺めていた。
しかし、何にもなくてつまらないので寝ようと思った頃に、運転手が話しかけて来た。

「お客さん、プーケットは初めてかい?」

といった感じだろう。
俺は少しテンションが下がった状態で当たり障りの無い調子で会話を続ける。
ちょっと眠たくなっていたので、さっきまでの「ブンブン」なテンションではないのだ。

しかし、運転手は容赦なく話しかけてくる。
さらには、

「帰りの車の手配は済んでるのか?」

と聞いて来た。
プーケットを発つのは明後日だ。
そんな先の事を、その時の俺が決めているはずが無い。
当然のように、決めてないよと答えたのだが、これが失敗だったようだ。
運転手の目がお金のマークに変わった。

「じゃあ、俺が迎えに来てやるから、いつ帰るのか教えろ!」

と急に強気な態度になる。
俺は冷静に、

「いつ帰るかなんか決まってないから、いらないよ。いいから黙っていけ。」

と告げる。
すると、運転手は急に怒りだし、おそらくその道をまっすぐ進めば無事に到着するだろうという大きな道路から、山道へと曲がった。
俺は直感的にやばいと感じ、運転手に向かってどこに向かっているんだ?と尋ねた。
すると運転手はこちらに無言の笑顔を向けて、さらにスピードを上げた。

「これは・・・、山賊追いはぎコースではないのか?」

と俺は恐怖を抱いた。
今の状況は、運転手が圧倒的に有利だ。
俺が出来るとすれば、不意をついて後ろからチョップを食らわし、ひるんだ所を急いで降りるしか無い。
そんな事を考えていると、奴はそれを察知したのか、ドアのロックをかけた。

いよいよもってやばい。
そう感じた俺は、何かが起きそうな気配に対してATフィールドを展開し始めた。



直後、何も無い山頂のようなところで、奴は車を停めた。
俺のATフィールドは全開だった。

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