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2011年12月

以前にもブログで書いたが、俺の初めてのタイ旅行は、俺にとっても初めての海外旅行であり、かつ初めての単独旅行である。
当たり前だが、何をするにも一人、何を選択するのも自分次第な旅行は、自由という一言でまとめようとすれば、まさにその通りだろう。

しかし、自由は一方で不自由である。

選択肢が無限にあるという事は、結果をイメージしてその結果にたどり着くまでの道のり全てを自分で準備しなければならない。この労力は、あらゆるものが便利に整っている日本のような先進国ではそれほどでもないだろう。ましてや、母国語が通じるので、他人を頼る事も容易い。
しかし、当時の俺が海外に必要なスキルとして備えていたものは必須と思われる語学力ですら皆無であり、英語も今の小学生に劣るレベルだったのだが、俺はためらう事なく初海外単独旅行を敢行し、数多くの失敗を繰り返した。
地の利も無く、語学力に乏しい俺にあるのは自由な時間だけだが、そのような人間にとっては自分のしたい事を探す事が非常に難しく、多くの時間を情報を得る為だけに費やす事になったが、時間の浪費の代償として得たのは手探り状態の中でも一人で行動したという「経験」だった。
また、俺はそれらの経験を通じて「不自由を楽しむこと」を学ぶ事が出来た。
ブログを書くに際してその時を振り返ったが、やる事なす事全てが非常に滑稽だったと自省することとなった。しかし、その後の自分を振り返っていくと、タイでの経験はその後に生かされている事に気付く事が出来たのだ。

今の高度情報化社会では、インターネットに接続すればあらゆる情報がそこに集まっているため、それらの情報を利用して「擬似的に」海外旅行を経験する事も可能だろう。つまり、「行った気になる」という事だ。
しかし、一方で多くの費用をかけて海外旅行に出かける人も増えているという事は、人々が情報だけではなく経験を求めていると言う事の裏付けになっている事は明らかだ。
多くを経験した人の話を聞くのはとてもおもしろく、自らも経験したいとさえ思わされる事も少なくないが、この時点で実際にアクションを起こす人間とそうでない人間とに分かれて来る。
どちらがどうという訳ではないが、個人的に行動を起こせる人間には魅力を感じている。

俺が香港に来てまだ3年と半年程度でしかないが、近場で出来る経験は可能な限り得ておきたい。
香港の街を歩く事や中国の街を見てまわる事も、俺にとっては貴重な経験であることには違いないし、将来的に他の国に行く事があってもその経験は無駄になる事はないだろう。

今年も多くのスパンを経験し、様々な女性と出会って来た。
全ての女性が記憶に残っているわけではないが、彼女達から教えられる事もたくさんあった。
多くの日本人は自分たちがいかに恵まれた環境に置かれているのかなどと考えた事も無いが、日本という狭い社会の中だけで比較し、自分が置かれている位置を自分で決めている。つまり、自分自身でランク付けをしているのだが、自分でつけたランクを引き上げようとしている人間はどちらかといえば少数派なのではないだろうか。
良くも悪くも「平和」と「調和」を重要と考える日本人の気質は、世界の中でも独特なのは言うまでもないが、今の日本の社会は既に破綻していると誰もが感じているにも関わらず行動しないのは、やはり「平和」と「調和」が前提となっていて波風を立てる事を恐れているからなのだろうと思う。

上がだめなら、自分が動けばいい。

そう考えるのが自然だが、今の高度情報化社会で慣れてしまった人々は与えられた情報を選択する意外の生き方を拒絶するため、上が駄目でも他に選択肢を与えられていなければ現状が最良として自らを抑制してしまう。
外に出る事が全てではないが、出来る事を見つけるという行動を第三の選択肢として常に持っておくという事を忘れてならないのではないだろうか。

また、その点においても半端ない行動力と勘を持ち合わせ、かつ正義を行使しようとする気持ちの強い優れた上司を持つ俺は、その生き方を身近に学ぶ事が出来る機会を多く与えられており、今の環境に身を置ける事がとても幸せであるという事を改めて認識させられる。


偉そうな事を言うつもりは無いが、二言目には「しょうがない」と言ってしまう人は、すぐに今の環境を変える努力をすべきだろう。
日本語の「しょうがない」はタイの「マイペンライ」にはなれない。
気持ちのベクトルが正反対なのだから。


来年もスパンの為に各地へ飛び、見聞を広げて、そこで得られた情報をスパン道を極めんとする武士(もののふ)達へ伝えて行きたいと思う。



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皆様の応援に支えられて、更新頻度を高める事が出来ました。
今年も最後までお付き合い下さいましてありがとうございました。
来年も俺たこブログをよろしくお願い致します。




昼食を採る為に俺は街へ向かおうと、ホテル最寄りのアソーク駅へと足を向けた。

アソーク駅付近にはショッピングモールなどが新しくオープンしており、日中は多くの買い物客で賑わっていた。
ご存知の方もいるだろうが、BTSアソークとMRTAスクンビット駅は乗り継ぎ駅として地上と地下で繋がっており、とある出口にはエスカーレーターしたのスペースにダンキンドーナツが店舗を構えている。
日本や香港で目にする事の無いダンキンドーナツには、タイに滞在している間に一度は今でも気になって立ち寄ってしまう。
というのも、俺にとってのダンキンドーナツは、やや思い出深い食べ物だからだ。


それは、俺がタイを初めて訪れた時まで遡る。

初めてのタイ旅行の際に俺はアユタヤへ向かう鉄道に乗ったが、その時に立ち寄ったフアランポーン駅にもダンキンドーナツがあった。
それまで屋台の何とも言えない食事しか採っていなかった俺にとっては、ダンキンドーナツはとても文化的でかつ宝石のように輝いて見えた。

そんな大げさな」と思われるかもしれないが、しかし、それぐらい大げさに俺はダンキンドーナツに目を奪われたのだ。

それまで海外旅行をした事もない俺は、日本にいる事がいかに楽で安全なものなのかを思い知らされながら、見るもの触るもの味わうもの全てが新鮮で、かつ衝撃的なアジアの混沌に頭の中を初期化された俺にとって、もはや「たかがダンキンドーナツ」ではなく、「ダンキンドーナツ様」へと昇華していたのだ。

そこで出会ったダンキンドーナツ様は、俺の中で安堵感や感動などがその味へ補完されて、タイ滞在中に食したものの中でもかなり「うまいもの」として俺の記憶に刷り込まれる事になった為、俺はそれ以降もダンキンドーナツを見かけるとその時の気持ちがフラッシュバックしてしまい、ついつい立ち寄ってしまうのだった。

そして、その勢いを利用して夕方18時のフライトまでの空き時間で、パラダイスマッサージへと足を運んだ。
パラダイスマッサージについてこれまでに書いた事は無いが、嬢の好みやオーナー店長の対応などの点において好き嫌いが人によってはっきり分かれる店だと、個人的には分析している。
店に入るとオーナー店長のコメント付きのアルバムを見る事が出来るが、実際に自分の目で確かめたいと思うのは正直な所だろう。
そこでアルバムを見てから「この子とこの子を見せてください」とオーナー店長にお願いしたところ、「どうせなら全部見てみたらどうですか?」と提案が返って来たので、お願いした事がある。
しかし、その直後に「アルバムのコメントを信じないんだったら、いくらアルバム見ても同じ。だったらさっさと実物を見ればいいんです。」と付け加えられたのだった。

オーナー店長の言い分も理解出来なくはないが、「アルバムを用意して見せる」ということも顧客サービスの一部だと考えるならば、前述の言葉は存在しないはずだ。
客がなぜパラダイスマッサージを選択して、その店まで来るのか、店ではどのようなサービスを期待して、どういう体験をしたらリピーターになりたいと思うのかを考えるならば、店はより人気店としての地位を確立するだろう。

時折利用させて頂いているユーザーとしては、そうなって欲しいと思う限りである。


こうしてかれこれ26回に及んだ「タイに行きタイ病発症」編も完結となる。






ところで!


まもなくマイタン大賞も締め切りだ。
ここまでくると、大人しく行方を見守りたいと思う。
さんしん亭女史がぶっちぎり首位を守るか、第三のダークホースが現れるか。
または、皆様からの応援で再び首位に返り咲けるか。

締め切りは明日っ!!


■マイタン大賞
http://vote3.ziyu.net/html/hkamet.html





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