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本気で引退を考える

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本日、新元号「令和」が発表された。
日本人にとっては新たな時代の到来を感じさせると共に、どこか懐かしいような気持ちすら覚えるフレーズで、個人的には好きだ。



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そして、実際に元号が変わる日、そう、新時代の到来があと1ヶ月に迫っている。
現実世界ではカレンダー上の表記が変わるとか、令和生まれの新生児の誕生とかそういう程度の話題が続く程度で、俺のような底辺世界に生きるクズには全くもって無縁な話ではあるが、この新時代の到来に合わせて引退を考えてもいいのでは?と考えている。


そもそも俺にとっての「引退」とは何かを定義しておく必要がある。


通常であれば、身を賭して何か物事を成すことに注力してきた事をやめるという意味となるのだが、俺の場合はスパンを辞めるという事になるのだろうか。

しかしスパンを辞めるというのは人間として本能に逆らう事にあるだけでなく、男という生物としての意義を失う事になるので、そんなことが出来るはずもない。




であれば、そう、ブログを閉じるという事になる。




俺がこれまでブログを更新してきたのは、別に俺の変態な性生活を誰かに知ってもらいたいとか、ブログを通じて興味を持ってくれる女子と知り合ってスパンしたいとか、そういう事では無かった。
ただ単に俺は自分の生活の一部であるスパンという行為を文章として記録し、俺が実体験を通じて得た知見を店舗の情報などと共に伝えることで、海外で夜遊びする人の助けになると期待したからである。

ただ、スパンヤオと出会ってからは、多少その目的が変わってきたのは事実である。
スパンヤオという読者に出会い、俺は俺の下らないブログを楽しみながら読んでくれている読者がいる事を知り、そしてその読者の存在を意識して文章を書くようになっていった。



こんな風に書くとスパンヤオが喜んでくれるんじゃないか?

スパンヤオはこんな事を知りたがってるんじゃないか?



そんな風に読者の気持ちを想像しながら文章を書き綴る日々は楽しかった。




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そして、ここ最近ではスパンヤオがどんなことを期待しているのか、俺がスパンヤオを喜ばせる事が出来ているのかどうか、という点に疑問を抱くようになっていた。
日常では当たり前のようにスパンをしているが、それをネタに文章を書く気が起きなくなってきていたのは事実であり、その気持ちがどんどんと萎んでいっているのは正直なところだ。


モチベーションの低下、すなわち良い文章を書き残すことが出来ないという結果に繋がり、これまで読んできてくれた読者をかえって落胆させてしまうのだろう。




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そう、引退だ。






ブログを止めよう。






これからもスパンはするが、それを誰かと共有する必要はなくなる。
何か物足りない気持ちが芽生えるかも知れないが、本来はそうやってみんなこっそりスパンを楽しんできているはずである。

こんな気持ちを文章につづりながら、俺の気持ちが固まった。






スパンスパン王子から、皆様に心から感謝の意を表したいと思います。

読者の皆さん、長い間ご愛読頂きましてありがとうございました。











2019年4月1日(月):エイプリルフール



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ライバルが引退した。




勝手に俺がライバル視してただけなのは誰もが知っているが、年間スパン数の数字はずっと彼の年間安打数を意識して記録をつけ続けていたものだった。
それだけに、一つの時代が終わったと感じる部分があり、俺がスパン王子などと呼ばれていることもそろそろ忘れ去られて良い頃なのだろうと思いながら、これまでのスパン人生について振り返る時間を作ってみた。


過去記事に記録してある数字をみると、2012~2016の5年間だけが記録として残っているだけだった。

2012年累計スパン結果: 273スパン(2012/12/26)
2013年累計スパン結果: 242スパン(2013/12/30)
2014年累計スパン結果: 262スパン(2014/12/31)  
2015年累計スパン結果: 395スパン(2015/12/31)  
2016年累計スパン結果: 288スパン(2016/10/25) 

それまでも平均して200スパンはしてきただろうが、一番狂っていたのはダブルスコアに迫ろうかという2014年だろう。
2008年からスタートした「おれたこ」だが、総投稿数は1,000回を超えており、確かな記録として残っているこの5年間だけでも273+242+262+395+288=1,460スパンとなっており、2008年はともかく、2009~2011年のマカオ狂い期間と、2017~2018年のベトナム・フィリピン・タイ巡り+本拠地である香港でのスパン三昧を考慮すると、これらの期間も平均して200スパンは固いと断言できるため、ざっくり10年間で、






2,500スパン






してきたことになる。(※推定値)
特に香港に来た当初のマカオ狂い期間では、高級車が買えるほどの費用を投じてスパンしまくっていたのと、第二の我が家とも言える拠点があり、そこでマカオ滞在中は連日連夜スパンしまくっていたのでおそらく200スパンどころの騒ぎではないのだが、面倒なので200スパンちょっととしておく。
思い返せば、まだサウナ遊びのコストも安く済んでいたあの頃は、1日に3軒のサウナをハシゴしたり、平日の終業後にフェリーに飛び乗ってサウナ嬢の自宅に潜り込み、さんざんスパンした挙句に朝一のフェリーに飛び乗ってそのまま出勤するなど、色々無茶をした。

一言で言えば、「ただの変態」なのだが、あれはあれで楽しく貴重な経験を積めたと思っている。



この10年という時間の中で、俺のブログにも様々な変化があった。
ブログを始めた当初は「ボスの迷言を記録に残そう」という気持ちが強く、他愛のない身の回りに起きている「ちょっと面白い事」を書き綴った日記のようなものでしかなかった。

初回の投稿は、まさにそれを説明している導入記事になるわけだが、書いた本人である俺が今読み返してみても、書いてある事が世間一般の常識と照らし合わせて「普通ではない」という事ぐらいは分かる。


タイトルの由来について知りたい人は、ぜひ初回の投稿を読んでもらいたい。

■俺のたこ焼きが食えんのか!


そんな俺に身辺に変化が起き始めたのが、2008年の後半だろうか。
ボスの知り合いのフィリピン大好きO氏との出会いから、毎晩のように香港の盛り場で飲み歩く生活が始まった。海外での遊び方を知らない俺に、外国人のノリを教えてくれたのは紛れもなくO氏だったが、俺は彼と一緒に飲み歩いている内に香港でもれなく外国人のオネーサン達を持ち帰る事が出来るバーの存在を知り、香港で初めて持ち帰ったのがフィリピン人だったという事は覚えている。
当時、会社の寮として使用していた2LDKの部屋で、隣の部屋に同僚が寝ているにも関わらず、酔っ払った俺はフィリピン女性と帰宅し、夜中に激しくスパンスパンしたという伝説は、今でも時折社内で話題になる事がある。


■O氏初登場記事


その後、タンク将軍という千葉の大地主がボスの元を訪れる事になったということで、ボスが「こんな金持ちは盛大に接待せんとあかん。俺は用が有って対応出来ないから、お前がさも「マカオの達人」という体で金持ちのご一行をマカオに案内し、満足させてくるんだ。」と俺に言った事が、その後のマカオ通いの発端となる。


■マカオ通いの発端


その後は、マカオからさらに足を延ばして珠海で遊ぶようになり、珠海でも様々な遊びを経験した。
2011年半ばの記事では、スパンの為に毎月5万円程度を使っていたと記録した記録がある。
この時点で、


最多スパン回数記録(日): 9回

最多スパン回数記録(週): 18回

厉害率(2011年度):
 香港人: 100%
 中国人: 97%
 台湾人: 50%
 タイ人: 100%
 ベトナム人: 100%
 日本人: 100%

(※厲害率とは、スパンを絶賛された割合のことである)


という、バカみたいな記録を残している。
1日当たりの最多スパン数9回というのは、当時一緒にマカオで遊んでいた悪友が、俺にバイアグラ半片を飲ませたせいで、ただでさえ異常に勃起する俺のポンチが鎮まらなくなってしまった事件によるものだ。


■2011年9月19日(月)現在-まとめ


この時点で中国(CP)、常平(チャンピン)という土地にも足繁く通っていた。
この頃からあの一斉取り締まりが行われる2013年2月までの間、週末となるとマカオに行くか常平に行くか、はたまたタイや台湾に行くかという、非常に下半身的多忙な時期を過ごしていた。
この時期は行く先々に「行けばスパン出来る」という女子が11人いたため、寄港先それぞれに彼女がいる船乗りさながらに、彼女たちに会う為の旅を続けていた。


■スパンネットワーク分布考察
→ http://www.oretako.com/archives/1000034270.html


しかし、マカオのサウナ遊びの価格が高騰し、常平も摘発によって壊滅したことによって、俺は必然的に次のスパン場所としてタイを選ぶしかなくなっていた。
2013年2月時点でのタイについて、俺はこんな風にまとめていた。


■スパン指数考察2013年度版-タイ


この頃、タイに特定の彼女が出来た事もあり、タイには毎月のように足を運ぶようになっていたのだが、この年の夏にツイッター(https://twitter.com/prince_spanspan)で絡んでいたスパンヤオの面々とタイで初の対面を果たすことになり、ここから俺のスパン人生が一気に広がっていった。
今でもその当時のスパンヤオとは交流があるが、様々な理由で疎遠になってしまっている人もいる一方で、事あるごとに一緒に遊んでいる非常に近しい人もいるので、こればかりは相性やタイミングとしか言いようがない。

しかし、これらスパンヤオとの出会いによって、夜遊び情報網が一気に広がり、そこからはタイ、ベトナム、フィリピンへと手を広げて、今やそれらは俺が頻繁に遊びに行くエリアとなった。



スパンヤオとの出会いを経て、アジア界隈で遊びまくった俺は、そのうちに手近なところで済ませるようになってきた。
海外へ行くのは金も時間もかかる上に、事前に約束していた子と現地で確実に会えるという保証はない。
特にタイでは、友達の誕生日だとか、急に田舎に帰るようになったとか、様々な事件が突発的に発生して会えなくなる確率もまぁまぁあるので、40時間程度の滞在の為だけに飛行機に乗って弾丸旅行をするというのも少し割に合わない気がしてきた。

で、俺が2015年ぐらいから俺がとった行動は、香港で遊ぶことだった。
香港にいる香港人はもちろん、香港に来ているタイ人やベトナム人、そして香港で働いているフィリピン人やインドネシア人など、冷静に周りを見渡せばいくらでも遊んでくれる女性がいる事に気付き、中には俺の想像の斜め上をいくド淫乱な女子もいたりするので、それはそれで開拓していく楽しみがあった。
ただ、この狭い香港の中でうまくそれらに対応していくにはいくつか注意すべき点があるのと、どうしても週末に偏りがちなので週末が無駄に忙しくなってしまうなどのデメリットもあるので、一般的にはお勧め出来ない手法であることは間違いない。
とはいえ、今もそれは続いており、常時10人ぐらいは遊んでくれる女性がいるので、香港でスパンするという事に関しては何ら事欠かない状況を維持出来ている。


さて、ここまで振り返ってきてなんだが、とりあえず俺は引退しない


俺のポンチが某ノビさん(https://twitter.com/soi_nb)のようにインポになってしまったのなら、それは俺のスパン人生の終わりを意味するだろうが、ところがどっこい俺のポンチは未だに元気なままである。
とは言っても、俺も40を過ぎてきて、全盛期に比べると激しく性力が減衰したのは否めず、今や1日3スパンもすれば満足してしまう。


ポンチが折れるその日まで、俺は今後も腰を振り続けるだろう。


 

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