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【ベトナムエロ天国:ラオカイ・幻岬を目指す旅~その43~】エロ侍たるものエロ以外求むべからず

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ホアンキエム湖までの道のりはさほど遠いものではなかったので、道すがら写真を撮りながら歩いているとあっという間に到着した。



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ホアンキエム湖は公園として整備されているので、遠目に見る限りは少し大きい公園という印象だったが、整備された区画を抜けるとそれほど大きくない規模で池が広がっていた。

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中央に小さな小島があり、その上に楼閣が建設されているのだが、どう見てもそこに行くことが出来ない為、それが儀礼的な意味を持つ建築物であることは容易に想像することが出来た。


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"黎朝の初代皇帝黎利が湖の宝剣を手にし、その剣によって明との戦いに勝利した。その後、黎利は湖の上で金の大亀 (Kim Qui) から平和になったので持ち主である竜王に剣を返すように啓示され、湖の中心近くにある小島で剣を返した。それゆえ、還劍(ホアン・キエム)と呼ばれるようになった。この物語は水上人形劇で観ることができる。小島にはその後、亀の塔 (Tháp Rùa) が建てられている。"











伝説の亀が住むという伝説が残るその湖の小島を眺めながら、俺は一句詠じた。




我がポンチ

大亀並に

デカくなれ




なるはずないのだが、願望を持つことは自由である
大亀伝説にあやかり、大亀ポンチと呼ばれる偉大な存在になりたいと願う事もまた自由である。



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俺はそこでパノラマ写真の撮影を行い、ほんの少しの時間ではあったが、公園の木陰で涼んでいる人達を眺めながら、移動の疲れを癒すことにした。





公園にいる人の多くは子供を連れた高齢者か、妙齢の女性達、そしてカップルである。

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若い女性がそこに集まってはしゃいでいるという姿を見ることもなく、もちろんのことがだがアオザイ姿のベトナム美人など歩いてはいない。
よくある誤解かも知れないが、ベトナムであってもそうそうアオザイ姿の女性を見かける事はなく、学生や何かのイベントの時にのみ着用される伝統衣装であるという事を覚えておいた方が、ベトナムを訪れた時にガッカリしなくて済むかも知れない。









ハノイとホーチミンの両都市を訪れたことがあるが、どちらの都市もベトナムではあるものの、やはり受ける印象は多少異なっていると感じる。
ハノイはやや古い街並みが多く、人々もそれほど大きな変化を望んでいないのではないだろうか。
しかし、最近整備されつつあるオフィス街などでは近代的なビルが立ち並んでいる風景も目にする。これらは主に海外からの資本によって急激に発展しているエリアであり、旧市街地との格差がこれからますます広がって行くのだろう。



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ホアンキエム湖のほとりに、外国人が集まっている建物を発見した。
何事だろうと近づくと、水上人形劇のシアターのようで、ショータイムに合わせて入場しようとする外国人が列をなしていた。


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俺はそれがどういうものかというイメージはなんとなく持っていたのだが、エロにしか興味を持っていない俺が、それを見なければならない理由はどこにもなく、外観の写真を撮ると、とっととその場を立ち去った。

エロ侍が海外へ遠征している間は、エロ以外のことで時間を浪費してはいけないのだ。









俺は明日の便でバンコクに向かう予定を組んでいたので、今夜一泊する為だけの宿を探さなくてはならなかった。



で、見つけたのがここ。

Laxuary BackPacker

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フラフラ歩いていて偶然見つけただけなのだが、何となく雰囲気に惹かれて値段を聞いてみると安かったので、即決した。
ちゃんと覚えてないが、一泊20USDぐらいだった気がする。


「ドミトリーじゃなくて、個室なのに・・・なんて安いんだろう」と感動したのもつかの間、ちゃんと理由があった。

まず、俺の部屋の写真を見せよう。




ドーン!!




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良い部屋である。

頼んでも無いのに、ベッドが3つもある。

んでもって、5階建ての一番上である為、騒がしくない。




バス・トイレもきれいである。


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が、重要なポイントとして「この宿にはエレベーターが無い」という事を付け加えなければならない。

5階建ての5階に泊まるという事は、すなわち、スーツケースから何から全てを5階まで自力で持って上がらなくてはならないという事に他ならない。





・・・安くなってる理由が分かったわ( ゚Д゚)




しかし、安い事がありがたい事には変わりない。
俺は部屋に入ってサクッとシャワーを浴びてから、食事をする為に外出する事にした。











前回の記事はこちらから!!

【ベトナムエロ天国:ラオカイ・幻岬を目指す旅~その42~】ドンドンドンッ!!!!
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無事に銀行に到着。
ここは外銀なので、英語が完璧に通じる。


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というわけで、俺はお目当てのカウンターに行き、使えなくなっている口座が使えるように手続きを行い、ついでなので現金をそこから引き出す事にした。

ベトナムの通貨ベトナムドンは、とにかくゼロが多い。
インターネットバンキング経由での残高照会は行えていたので、何となく残高は把握していたが、数年前に口座を開いた際に置いておいた定期預金がそのままになっており、気が付けば残高が9桁になっている。






130,000,000 ドンッ!!!





って、いくらやねん!!!!( ゚Д゚)












改めて言うと、「1億3千万ドンッ!!!」だ。











い、いち・・・1億だとぉぉぉぉΣ(゚Д゚)









とアタフタしそうものだが、実際には65万円ぐらいでしかない。(1VND=0.005円ぐらい)

口座開設した際に50万円ぐらいをベトナムドンに両替し、使う目的も無かったので全額定期預金にして放置しておいたのだが、当時は定期預金で10%を超える金利がついていたので、数年経ったところで残高がグングン増えていたのだった。






というわけで、今回のスパン代は全部金利で賄えたという事になるのである( ̄ー ̄)ニヤリ









とはいえ、銀行口座が凍結されたままだと、その潤沢な資金も引き出す事が出来ない。
ということで、カウンター越しに銀行員のおじさんと英語で会話。







ワシの口座が凍結されとるんじゃが、どうにかならんかのぉ?( ゚Д゚)







おじさんは俺のブロークンな適当イングリッシュを良く汲み取ってくれて、難なく口座凍結を解除し、続けて1000万ドン程度の現金を口座から引き出す事が出来た。

結果オーライ棚ぼたホクホク予算を手に入れた俺は、エロい事をしようかと考えたのだが、ガラガラとスーツケースを引きずりながらエロい店を探す訳にもいかず、とりあえず近くの観光地を経由しながらバックパッカーが集いそうなエリアで宿を探す事にした。




とはいっても、とりあえず腹が減ったので道すがら何か食おうと考え、銀行のレセプションにいたお姉さんに声をかけた。



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この近くに何かおいしいものを食べられる店を知りませんか?






お姉さんは暇そうだったので、気さくに答えてくれる。







近くにフォーのおいしい店があるから行ってみたら?







と、簡単な地図と、ベトナム語で店の住所と名前を書いてくれたメモをくれた。
ついでにお姉さんの電話番号も、、、と言いたかったが、そんなにかわいくもなかったので、空腹解消を最優先とした。


近くに病院があるという事だったので、その病院をGoogle Mapsで検索してもらい、そこまでのルートをなぞるように歩く事にしたのだが、教えてもらった場所に行ったものの、店が開いてない。

困ったなーとスマホの画面と周りを見比べたりしていたところ、後ろから英語で声をかけられた。





どうしたの?何か探してるの?





親切な若者(男)が手助けを申し出てくれたのだ。
彼にフォー屋の話をしたところ、「今日は休みだ」という回答があり、困ったなーと思っていたら、その若者がいた場所はバインミー屋だった。(※バインミー:ベトナム風サンドイッチ)

俺はこれも何かの縁だろうと若者の隣に席を見つけ、バインミーを注文してから、お礼を言うと共に世間話に花を咲かせた。


■バインミー屋

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■地図&ストリートビュー











サクサクとトーストされたフランスパンに、甘酸っぱい独特のタレに浸された野菜と、ジューシーな鶏肉が挟みこまれており、それを豪快に端っこからかぶりつく幸せ。


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周りを見渡すと、何とも東南アジア然とした穏やかな光景が目に映る。
路上で行われる個人取引や、特に何をするでもなくただ座り込んでる人々、原始的なパイプのようなものを吸っている半裸の男性、店の軒先に吊るされた鳥かご、など。


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当初は「とりあえず銀行に寄って、あとはコーヒー飲んでダラダラしてればいいやー」程度にしか考えていなかったのだが、自分が一人で異国の地にいる事を再認識し、さらに現地の人に助けられて、その人から話を聞いていると、今ここにいる自分が「旅人」であるという思いが俄然強まった。

旅人であるという感覚から、何となく身体に付きまとっていた倦怠感が一気に吹き飛び、俺は初めてのハノイを観光してみようと思い立つ。




その直後に思いついた風景・・・、それは池だ。







「ハノイ = 池」って、お前の頭ん中はどないなっとんねん!!






というツッコミもありそうだが、俺の中では「ハノイ = 池」だった。
いつだったかハノイについて調べていた時に、「伝説の池がある」という話を見つけ、その池についての伝承などを調べて興味を抱いていた。






ホアンキエム湖である。

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俺がさっきまでいたPacific Palaceからホアンキエム湖までは、テクテク歩くと20分程度。
そして、フォー屋を探して既に少し歩いてきているので、あと15分程度で目的地に到着できるだろうという距離にいる。








ベトナムという国は、いわゆる発展途上国なんだろうと思う。
それなりの社会インフラはあるが、裏路地に入ると野ざらしになった散髪台を使って理髪店を営む人がいたりして、そして実際にそこで調髪をしている人がいる。
最近は中国でも見かけなくなった光景ではあるが、まだベトナムには残っている。

一方で、1887年から1954年の間は「仏印」と呼ばれたフランス統治下での生活があった為、いたる所でフランス文化が現地化して今も根付いており、いたる所でフランス風建築など、その名残を目にすることが出来る。
分かりやすい例で言えば、俺がさっき食べたバインミーや、市街地に残る教会やオペラハウスなどは最も代表的な例ではないだろうか。

歴史的に見れば太平洋戦争時に日本軍がベトナムへ進駐しており、終戦間際には「明号作戦」と発動してベトナム帝国の独立に成功したという関与もあり、そして終戦後に力を失った日本軍の弱体化を受けてホー・チ・ミン率いるベトミンが八月革命を起こし、ベトナム民主共和国として独立するという歴史が節目に関わる大きな存在となったのは言うまでもない。

大日本帝国と大東亜共栄圏構想の主たる目的についてはここで語らないが、僅か70年前には多くの日本人が海を渡り、西はビルマ(今のミャンマー)までを欧米諸国の植民地支配から解放し、自国領土としていた歴史と事実は信じがたい


■大日本帝国最大版図の地図(1942年)

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大きく話が逸れたが、ホアンキエム湖を目指す事にした。











前回の記事はこちらから!!

【ベトナムエロ天国:ラオカイ・幻岬を目指す旅~その41~】ハノイへと向かう
 ⇒ http://www.oretako.com/archives/1068556420.html

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