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【中国武漢編~第二章 その53~】 歴史に触れられる武漢という街

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長江沿岸部まで来ると、当時列強の租界地として賑わった時代の西洋建築が立ちならんでいた。

そう、その昔、1855年に結ばれた天津条約によって、イギリス・ドイツ・フランス・ロシア・日本が租界を置いたのだ。
もっとも、その建物のほとんどは終戦間近の1944年に行われたアメリカ軍による大規模な空襲によって失われ、運良く残った建物が現在まで利用されながら保存されているのである。
この時の空襲の標的は、中国戦線最大の日本軍兵站拠点であった漢口に駐屯していた部隊であったが、米軍陸軍が保有するB-29爆撃機が500トンにも上る焼夷弾を投下した事から、中国人民間人の居住する市街地にも被害は及び、多くの中国人が命を失ったとされる。

そのような過去がある土地ではあるが、共産党のおかげで、多くの中国人は日本人のみを恨んでいる。







そんな歴史的建造物を写真で紹介する。
 
今でこそ漢民族が大多数を占める中国だが、その昔は各地方にそれぞれ宗教や言葉の異なる異民族が暮らした多民族国家であった。
共産党は共産党の支配力を保つためにそれらの宗教を容認していたが、時代が変わるとキリスト教などの宗教が列強の侵略政策であると危険視された時代もあった。

そんな名残りを残す、キリスト教教会である。


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長江を望む立地の良い場所に、蒋介石の夫人「宋美齢」が住んでいたとされる建物が残されている。
(※現在は公園が整備されているので上の階に上がらないと長江は見えない)


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元アメリカ領事館だった建物。


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歴史的な建造物の価値などを考えない人民達は、いつものように腰かけ、日向ぼっこを楽しんでいた。


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そして、結婚する際に何故か写真集のようなものを作りたがる中国人。
そこかしこで撮影が行われていたが、美人もいればそうでないのもいるのは、どこの国も同じである。


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他にも、いかにもホテルっぽいが、先端に金玉のような円形のオブジェがついた建物があった。


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名前は良く分からないが、こうなったら「金玉タワー」でいいだろう。












あとはお決まりの共産党様の建造物。
変にコメントするとメンドクサイので、写真を並べるだけにしておく。


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こういう建物を見ていると、過去に中国北東部にある長春で旧関東軍司令部の写真を撮ったのが衛兵に見つかり、「写真を消せ!」とすごまれたのを思い出す。



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そして、俺たちはローカル市場へと紛れ込んだ。
日本人観光客は歩かないであろうエリアだと思うが、俺はどローカルな通りを見て歩くのが好きなので、気にせず練り歩く。


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魚が死んでいたり、生きたカエルがいたりするが、中国のローカル市場はそんなもんだ。


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この散らかし放題な感じもローカルならでは。
裏道を散策しなければ見かける事もない。


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本物かどうか分からないが、ディスカバリーチャネルのジープ・ラングラーが停まっていた。



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食い物かどうかも分からないようなものが並んでいるが、漢字を読むと麺として売られている。
色が怪しいので食べたくないのだが・・・・


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さらに歩いていると、何やらうまそうなものが売られていた。


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冰糖发糕と書いてあるのでケーキのような甘いものなのだろうと味を想像し、一つ頼んでみた。


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ちなみに、1.5元。










ん?米粑って書いてあるな・・・・
 
ま、甘そうだしいいか。









そんなノリでオーダーした俺。









変な回る鉄板の上で焼かれており、おばちゃんが一生懸命焼いている。




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うまそう・・・








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と一口かじってみたところ、









マズい( ゚Д゚)










いや、正確には「味が無い」
 
触感はケーキのようでしっかりした感じの触感なのだが、味がないので何を食べたのか分からないという感想だ。
食べてもうまいと感じる要素がないので、これはきっと何かを挟んで食べるようなものなんだろう。



というわけで、二度と買わないと誓った俺であった。







テメーコノヤロ( ゚Д゚)






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そんなローカルエリアの散策を終えて、俺たちはとあるスポットに向かった。

そう、ネットで調べていた隠れスポット(※ネットに情報が出ている時点で隠れてないが。)だ。
















2016年累計スパン結果: 209スパン(2016/8/19) 

【中国武漢編~序章 その1~】 なぜ武漢を選んだのか

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2016年3月25日~28日は、香港では復活節の名の休日と繋がる4連休だった。
 
連休の少ない香港のカレンダーにおいて、4日連続の休日はレアであり、俺はそのような連休には必ずと言っていい程タイへ行っていた。

しかし、今回は直前にタイに行ったばかりだった為に、台湾へ行こうかと考えていたのでタイ行きのチケットを予約せず、台湾に住む美人CAと予定の調整に時間を費やしていた。



以下、台湾美女イメージ(※注 あくまでもイメージ)


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こんな子たちがわんさかいる台湾。



まさにパラダイスと呼べる場所である。(※実際にはブスもかなりいる。)














 
すると、








ごめんなさい、予定が合わなくなりました。








と連絡があり、急きょ台湾行きを断念。








いや、実は美人CAに会えなくても台湾へ行っても良かった。









 
台北に行って元カノ(美人)に会い、夜市やクラブを巡ってのんびり過ごすのも良いし、過去にスパンした嬢に連絡を取ってまたスパンさせてもらおうなどとと考えいた。








が、俺の脳裏にとあるキーワードが浮かんだ。










武漢










なぜ武漢だったのか、それは中国の元カノが湖北出身であり、過去に武漢に行こうと誘われた事があり、武漢という場所についてそれなりに調べて以降、何となく武漢へ行ってみたいという燻りのような感覚が俺の頭の片隅にこびりついていた。

そして、湖北省には「赤壁」という三国志好きにはたまらない場所があり、俺の中では「死ぬ前に一度は行ってみたい場所」の一つであった。








この時点で、俺の中の意識が一気に武漢へと傾いた。


そして、俺の旅行目的の要素の中で「観光」の優先度が上がり、俺は武漢の観光スポットに関する情報と赤壁への行き方を調べ始めた。








赤壁 > スパン








俺の思考メカニズムから算出される結論として、このパターンは非常に珍しい。

何につけてもスパンが優先される旅行ばかりをしてきたここ5年では、出張で行ったイタリアぐらいしかノースパンの旅行は無かったのだが、今回はスパン情報よりも先に観光情報を検索し始め、いくつか見ておきたい場所をピックアップするした。


・黄鶴楼
・旧租界
・長江
・長江大橋
・赤壁











・・・少ない。










俺自身がそう思う程に、ピックアップした観光地のリストが少ない。

地図を見てこれらのスポットがどこにあるのかを確認しながらルートを練るも、赤壁以外は下手すると1日で周れてしまう。










武漢とは見るところが少ないただの都市なのか?











いや、実はあるにはある。


武漢は、古く殷代の都市遺跡として知られており、俺が大好きな三国志の時代には江夏と呼ばれいた都市である。
そして、近代では1911年に武昌放棄が起こり、その後の辛亥革命へと続いた歴史の中心地だった。

そんな辛亥革命に関する展示を行っている辛亥革命博物館もある。

しかし、共産党支配下の現在の中国にとって、辛亥革命は清朝による圧政を覆したクーデターの歴史であり、それが現在の共産党支配に対しても繰り返される事を警戒している事から、辛亥革命や辛亥革命の英雄である孫文に関する展示は歪曲されており、正しい歴史を伝えようとしていない為、見る価値が無いと判断した。













現在の支配者である共産党にとっては、あくまで毛沢東が英雄でなければいけない。










武漢には毛沢東の旧別荘という近代中国の歴史を追いかける事が出来る場所もあるのだが、ぶっちゃけ共産党が大嫌いな俺としてはそんなところを見に行く意味も無いし、意義すら感じられない。

という事で、その手のスポットは全て外した。







こうして、スケジュールに余裕が出てきてしまった。















2016年累計スパン結果: 78スパン(2016/3/31)       

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